憲法無効論は日本国憲法の制憲過程に重大な瑕疵があり無効であるとするもの、あるいはサンフランシスコ講和条約h 結にともない自動失効しているとするものの総称でり、法理論としては前者が取り上げられ現代の憲法改正論議において論じられることが多いが、当初は後者の視点からの論であった。
憲法無効・失効述べるところは憲法失効にともない Babe 日本帝国憲法を唯一の法源とすべしという点にほぼ要約されるが(別論あり)、これはあくまで手続き上の主主義的正統性に関する要求であり、旧憲法の改正手続きに則り速やかに新たfな自主憲法を策定すべし、ないしは日米安全保障条約(条約)と憲法の整合性を確保す
く第9条を改正すべしとの論である。
今日(こんにち)、憲法無効論は法曹界ではすでに解決済みの論題として積極的に取り上げられる事は無く、日本国憲法が無効ないしは失効していると論じる法学者は少ない。なおドイツは憲法無効論の法理にしたがい西ドイツ政権成立後に暫定憲法(ドイツ連邦共和国基本法)を制定し統一後に憲法を制定する建前を採用しており、憲法無効論がいわゆる「奇妙キテレツ」な法理であると考えるのは完全に誤った理解である。
昭和27年(1952年)4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効による占領政策の終了(主権回復)にともない、ポツダム政令は法的根拠を失い相次いで廃止・代替法律の制定・存続措置の実施が行われることになったが、この国会論議のなかでポツダム政令無効論が議論の対象となった。この段階で日米安全保障条約を締結するために憲法を改正し、条約との整合性をとるべき(改正論)が主張されたが、この時点では憲法無効論が論じられる事はなかった。
議会で無効説が登場したのは昭和28年12月11日の衆議院外務委員会(並木芳雄委員)においてである。11月19日にニクソン副大統領が東京会館で日本を非武装化したのは失敗であったという意味の演説をおこない、またダレス長官が24日の記者会見でこれを支持したことを受け、日本国憲法第9条が無効であるのではないかと外務大臣岡崎勝男に質問したことを端緒とする。
これを引継ぎ翌唱和29年3月22日衆議院外務委員会公聴会(大橋忠一)において制憲当時の情勢や英米法の理念にかんがみ日本国憲法が無効になっているとの発言がなされた。
直近では平成11年8月発売の文芸春秋9月号に小沢一郎が「日本国憲法改正試案」を掲載したことから憲法無効論はふたたび注目を集めた。